片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【夕陽の群盗】


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BAD COMPANY

1973年。監督ロバート・ベントン。主演ジェフ・ブリッジス。音楽ハーヴェイ・スチミッド。

1863年の秋、南北戦争の真っ最中という時代背景なのであった。いわゆるアメリカンニューシネマというものに括られるようだ。「明日に向かって撃て」や「さすらいのカウボーイ」、「男たちの出発」、「ミネソタ大強盗団」あたりと同じ流れの映画というわけだ。なのでベトナム戦争の影響というものが色濃く出ている。
監督は「俺たちに明日はない」の脚本、後に「クレイマー・クレイマー」を監督する人である。主演は若き日のジェフ・ブリッジス。「サンダーボルト」のライトフットだ。もしくは「トロン」の人だ。いや「ラスト・ショー」だ。比較的最近ではコーウェン兄弟の「トゥルー・グリット」の老保安官だ。とにかく好きな俳優だ。

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映画「夕陽の群盗」より

で、こんな話さ。
戦時下において育ちの良いドリューは、自分は銀山でボロ儲けしますわ、徴兵なんて堪忍ですわ、戦争とか無理ですわ、じゃあ、って西へと逃走、町で知り合ったジェイクらと行動を共にするようになる。

 

当時のアメリカはベトナム戦争の真っ只中であり、実際に徴兵逃れのためにカナダへと移住した若者がドラフトドジャースと呼ばれいた。で、ジェイクたちは盗みを繰り返して生計を立てている連中で、ドリューも当初は、こいつら嫌だなあ、野蛮だなあ、教養ないなあ、などと線を引いていたが西部で生きていくことの現実に直面していくに従って悪に染まっていく。というロードムービーである。

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映画「夕陽の群盗」より

シンプルである。やれ復讐だの愛だの恋だの、ガンマンだの用心棒だの、正しいとか間違ってるとかではないのであった。それぞれが生きていくために裏切ったり、裏切られたり。ただ西部開拓時代を生きていく、それだけなのであった。

とにかく風景が美しいのであった。どこまでも何もない西部の秋の風景。ジョン・フォードが愛したのとは違う風景が広がっているのであった。その風景を、ただただ、生きていくために進んでいく、何もない、無知で無能な若さだけが取り柄の若者たち。期待や憧れを胸に西へと進むジェイクたちであったが、西部という世界は伝説とはまるで違うのだった。そこには残酷な自由と醜悪さと美しさが奇妙に同居しているのだった。

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映画「夕陽の群盗」より

監督は、反目しながらも惹かれあっていくジェイクとドリューが次々と直面していく痛々しい現実を淡々と、実に淡々と切り取っていく。演出はナチュラルで、追跡ドキュメンタリーのような眼差しでパープーな若者を追っていく。同じくニューシネマに属する「男の出発」はカウボーイのリアルを描いていたが、リアルさの中に映画としてのファンタジー性も忘れていなかった。だが「夕陽の群盗」は違う。徹底的に生きるための現実を、突き放したように描いている。それなのに、どこかで監督の優しい視線を感じとってしまうところがこの西部劇にはある。

西部劇が西部劇であるための華麗なガンプレイやサルーンでの乱闘などは一切ない。悪徳判事に熱血保安官、賞金稼ぎに用心棒もでてこない。西部劇でありながら徹底的に反西部劇でなくてはいけないことが、公開当時のアメリカに対する全てだったのだろう。
アメリカンニューシネマに属する西部劇は大好きである。なぜならアメリカンニューシネマが好きだからである。いかにもニューシネマというラストカットもたまらない。オススメです。

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映画「夕陽の群盗」より

それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。 

今作同様にアメリカンニューシネマで括られる西部劇二作ですよ。↓

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