片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【殺して祈れ】


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REQUIESCANT

1967年。監督カルロ・リッツァーニ。主演ルー・カステル。音楽リズ・オルトラーニ。

確かに殺しておいて祈っている。祈ってるというか聖書の一節を読んでいる。読んではいるが、そこまで宗教色を前面に出しているわけではないのだった。主演のルー・カステルは「群盗荒野を裂く」でメキシコ革命に協力するようなしないような怪しいアメリカ人を演じていた男だ。今度はメキシコ人役だ。節操ない。

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映画「殺して祈れ」より

で、こんな話さ。
土地の分配を巡って争っていたアメリカ人とメキシコ人たちがピースフルに協定を結び、よかったよね、やっぱ平和が一番だよね、などと浮かれていると、そんなうまい話があるわきゃねえだろ、ってこれはアメリカ人の謀略で、集合したメキシコ人たちはガトリング砲で皆殺しにされてしまったのである。男の子がひとり、生き残った。生き残った男の子は旅をしながら伝道している牧師一家に拾われて成長していくのであった。

男の子は突然に青年になっている。

青年は気づくと天才的なガンマンになっていて、こんなジプシーみたいな日々はきっついわあ、って家出した牧師一家の一人娘プリンシーを探しに行くのであった。聖書とピストルを手に。
辿り着いたサン・アントニオはウエスタン安定の悪徳の町で、ファーガソンとかいう男が支配していて、プリンシーは売春宿で監禁状態で労働を強いられていたのだった。ほっとけないよ、などと楠瀬誠志郎のナツメロを口ずさみながら青年はファーガソン邸へと赴きプリンシーを解放してほしい、と直訴してみるのだった。暴力で問題を解決しようとはしない。まずは会話である。計略もなく、いきなり訪問。青年は素直に行動する好感のもてる男なのだ。

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映画「殺して祈れ」より

ファーガソンはプリンシーをあっさり解放してくれるのである。ちょっとしたサプライズである。でも意味不明の射撃ゲームでファーガソンと対決させられて、空気を読めない青年は勝ってしまう。サプライズである。無事にプリンシーを連れ戻すのだがプリンシーはラリパッパで、さらには協力してくれたメキシコ人によるとファーガソンこそかつて奸計をめぐらし青年の両親や仲間のメキシコ人たちを虐殺した張本人であることを、視聴者には自明なことを聞かされて、あっ、などと青年は驚くのであった。むしろ虐殺現場には白骨が散乱していて、死体は埋葬されることなく何十年も放置されていたことに我々は驚きを隠しきれないのだが。

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映画「殺して祈れ」より

それにしてもファーガソンが素晴らしい。神経質そうな表情で、顔色がたいそう悪く、なんかドラキュラっぽい。そして貴族である。西部劇に出現する貴族はいつだって魅力的だ。だが「西部悪人伝」に登場した貴族ほど貴族っぽくない。過去になにかあったのか女性に対して異常な嫌悪感をもっていて、そのためか勝手に酒場でいかがわしい商売をしているディーライトを叱ったり、プリンシーをあっさり解放するがまた拉致したりと挙動不審である。

↓西部貴族ファーガソン。顔色チョー悪いん↓

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映画「殺して祈れ」より

ああマカロニウエスタンだな。素直にそう思えるマカロニウエスタンである。ディーライトとの対決シーンなどケレン味たっぷりでこれぞマカロニなのであった。でも、青年が四六時中ぬるーんと無表情なのはいいのだが、もっと宗教色を出しても良かったのになあと思った。射撃が達者だからという理由で青年は最後は革命戦士のリーダーになってしまって、おいおい育ててくれた牧師一家はもういいのかと思わないでもないが、人生イロイロだよね。いつだってファーガソンの顔色が悪いのもアリだよね。

↓人形を手放さないファーガソンの手下。でもそれだけで見せ場はとくにない↓

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映画「殺して祈れ」より


それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。