片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【砂塵に血を吐け】


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1000 DOLLARI SUL NERO

1966年。監督アルバート・カーディフ。主演アンソニー・ステファン。ジャンニ・ガルコ。音楽ミケーレ・ラチェレンツァ。

シェイクスピアに憧れる役者志望ガンマンを演じた安定のB級イケメンであるアンソニー・ステファンと、後のサルタナシリーズのジャンニ・ガルコが兄弟役を演じるマカロニウエスタンなのであった。
なにやら渇きざらついた雰囲気の邦題がやけにカッコいいじゃないか。でもこの監督はアクションを撮るのが不得手なのか、冒頭のステファン演じる兄ジョニーと弟サルタナの手下との殴りあい、どうも冴えがなくもったりしてる。まあステファンが下手なのもあるたろうが、殴っても殴っても倒れないのはなんだろう。しつこいくらいに殴りあう。とにかく長い。カーペンターか。だが殴りあいだけがこだわりではないようで、照りつける太陽のカットがやたらと使われるのだが、サルタナが死ぬと太陽は雲に隠れるのであった。

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映画「砂塵に血を吐け」より

 

で、こんな話さ。
無実の罪で服役中だったジョニーが刑期を終えて帰ってくると、町は色々と変わっていて、弟がとてもイキッていて、ジョニーはどうしたものかとふらふらするのであった。

 

お約束だ。どこかから帰ってくるとあれやこれやが変わっている。西部の町のお約束だ。面白いのはジョニーの裁判には無理があって、証拠がイマイチなのか、死刑か無罪放免かどっちか、という裁判になるはずなのに間をとって懲役12年。よくわからない大岡裁き。殺された男のこともあまり語られることがないので、なぜ殺されたのか、なぜジョニーが罪を被せられたのか、よくわからない。
でも殺された男の娘が出てきてしまって、ジョニー憎し、みたいな感じに当然なるから面倒なことになるのだった。だいたいジョニーをはめた連中もハンパ野郎なものだから12年でジョニーが帰ってきてしまうのである。そりゃあ復讐されるよ。帰ってきたジョニーをチラ見して、あっ、やばっ、とか言ってる始末だ。

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映画「砂塵に血を吐け」より

って、帰ってきてみれば町は弟のサルタナ一味が牛耳っていて恋人はサルタナに奪われ、恋人の弟はサルタナに奴隷のように扱われ喋れなくなってて、以前は奴隷のようなハウスキーパーだった母親は仕えていた屋敷をサルタナに与えられ、主人として暮らしているのだった。もうわけがわからないのだった。

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映画「砂塵に血を吐け」より

ジョニーはジョニーで復讐したいのかどうでもいいのかよくわからない感じで、とりあえずそれはアカン、ってサルタナの悪行を妨害したりするのであった。でもやはり肉親なのであくまで妨害であって、成敗とはいかない。なんだかジョニーが残念な主人公に見えてきて、悪役のサルタナが輝いて見える。なんせ自分を将軍と呼ばせているのである。マザコンなのである。

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映画「砂塵に血を吐け」より

 

悪がはびこる町を守る、という構図なのだが結局は骨肉の争いで、そのためか母親も含めて兄も弟もやることが中途半端ばかりでもどかしい。結局のところ殺人の真犯人は弟で、町の判事と共謀してやったことなのだが、それが判明するとともに色々とグチャってなって、ビビるたけのブタのような町の人々も遂に、やろうよ、なんて立ち上がり、ようやく兄弟のほうも一騎討ちとなる。とはいえ、なんか面白い、っていうやつで、それはたぶんサルタナのキャラクターなんだろうけど、イラッとするのも含めてなんか面白い。

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映画「砂塵に血を吐け」より

主人公を脇に追いやってしまうほどの圧倒的存在感。マカロニウエスタンではよくある事態だ。しかもステファニーでは太刀打ちできそぅもない。


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それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。