片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【バック・トゥ・ザ・フューチャーPART3】

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Back to the Future Part Ⅲ

1990年。監督ロバート・ゼメキス。主演マイケル・J・フォックス。音楽アラン・シルヴェストリ。

金曜ロードショーで3週連続「バック・トゥ・ザ・フューチャー」シリーズが放送されている。PART1を先日、久しぶりに見たがやはり面白かった。映画の教科書のような作品である。今週はPART2が放送される。これもまた素晴らしく、1以上にアイデアに溢れている。特にラストのドクからマーティへの、時を超えた手紙の受け渡しは痛快だった。ここで次回の舞台が西部開拓時代であることが告げられて終了するわけだ。

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映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」

 

「バック・トゥ・ザ・フューチャー PART3」は西部劇なのかどうか。もちろん西部劇である。なぜなら1885年だからだ。すなわち西部開拓時代を舞台にした映画はすべて西部劇である。主人公もクリント・イーストウッドである。ちなみに日本で最も興行収入が高かった西部劇はこの作品である。まあ、仕方ないか。

このシリーズは街の歴史を描いた映画でもある。マーティやドクたちはデロリアンに乗ってあっちに行ったりこっちに行ったりするが、舞台はいつだってヒルバレーという街である。1885年から2015年の街の歴史を描いているのだ。街の象徴でもある裁判所の時計台は1885年に建造が始まり、1955年の落雷で動かなくなり、2015年においても修理されていない。もともとはツインパインズという名前だった牧場がツインパインズモールになるのだが、マーティのせいでローンパインモールとなった。街の歴史を描いた映画である以上、最後に西部劇へと帰結するのは当然の流れである。

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映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」より

ヒルバレーが形成されはじめたのが丁度1885年、PART3の舞台である。PART1で1985年に戻るために利用された1955年の落雷のせいで、ドクは今度は1885年に飛ばされてしまったのだ。1885年のドク救出のためにマーティは1955年のドクに助けを求め、1885年のドクが隠しておいたデロリアンで1955年から1885年に向かうわけである。デロリアンを走らせる場所に選んだポハチー・ドライブインシアターは、もともとその地域に居住していたネイティブアメリカンのポハチー族が由来である。

ここから西部劇になる。1885年に到着したマーティはいきなりポハチー族に襲撃され、その後、自らのルーツである先祖に助けられたり、ビフの先祖と揉めたりして、吊るし首にされたところをドクに救出される。この救出シーンはイーストウッドの「続・夕陽のガンマン」である。マーティが着ているポンチョもイーストウッドが「荒野の用心棒」などで着ていたものと一緒だ。というか、まずマーティは自分の先祖にクリント・イーストウッドと名乗っている。このようにPART3では随所に西部劇やマカロニウエスタンへのオマージュが散りばめられているのだ。
ダンパで演奏された曲は「荒野の決闘」「いとしのクレメンタイン」だ。マーティがタネンとの決闘で仕込んでいる鉄板は「荒野の用心棒」からだ。その決闘の取り決めのやりとりで、「High Noon?」という台詞がある。これは名作西部劇の「真昼の決闘」の原題である。またPART2の大富豪ビフが風呂で見ている映画が「荒野の用心棒」であった。
とまあ、このように多くのネタが満載の映画なわけだが、もちろん魅力はそこだけではない。映画本来のつくりもしっかりしている。マーティを軸に人の情を描きながら、しっかりとヒルバレーという架空の町の過去・現在・未来(公開当時は遠い未来だった)を背景に、すなわちアメリカという国の歴史を描いている。最終作に町のはじまりをもってきた構成も素晴らしい。

この映画では、いろんな可能性を目の前に広げている。時空を超えた可能性なんてのはもちろんファンタジーだが、かといってゼロではない。だがそれだけではなく、人間が結局は行き着くところ、それはつまり、魂というか、黄金の精神というか、他の誰にも触れられないところから発しているであろう、光というか輝きみたいなものがあるとして、それが指し示す道は幾多にもわたるはずだ、ということだ。それはストーリーや台詞からだけではなく、この映画に関わるすべてから感じるのである。

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映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー3」より

それじゃあ読者諸君、こんな日々は哀しいだけじゃない。愉しいだけじゃない。一人一人がそれぞれの場所で踏ん張るんだ。がんばらない。怠けないこと。では失敬。