片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【走れ、男、走れ!】


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CORRI UOMO CORRI

1968年。監督セルジオ・ソリーマ。主演トーマス・ミリアン。音楽ブルーノ・ニコライ。

「復讐のガンマン」の続編である。でもリー・ヴァン・クリーフはいない。トーマス・ミリアンのクチーヨが主人公に昇格である。続編といっても前作を見てなくてもなんの問題もない。設定も少し変更してる。クチーヨは結婚してたのに独身になっていて、べつの婚約者がいる設定になっている。というかナイフ投げの名人クチーヨ、これだけが同じなわけである。実際の邦題は「続・復讐のガンマン 走れ、男、走れ!」と、原題がサブタイトルになっているのだが面倒なので原題どおりにした。

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映画「走れ、男、走れ!」より

で、こんな話さ。
クチーヨは刑務所内で知り合った詩人であり革命家でもあるラミレスと知り合い、脱獄の手助けをするのだが逃亡中にラミレスは死んでしまう。クチーヨはラミレスの意志を継ぎ革命資金となる300万ドルの金塊を探しに行く。

いきなりドリフのコントみたいなカットの連続である。盗みに入った家の裏口からそっと出ていくと壁際に男たちが並んでる。銃殺刑執行直前であった。志村、後ろ後ろ!とドリフで観客席から叫ぶようにクチーヨ、処刑処刑!と叫びたくなる。そんな感じで安定のトーマス・ミリアンなのである。もちろん、とぼけたクチーヨは最後にはしっかりと男前になっている。この展開はお約束なんだけど何度やられても飽きないのだ。なぜか。
クチーヨは等身大のヒーローなのだ。
ハリウッドウエスタンの主人公は完璧すぎるところがある。何やってもすごい。そのせいか人間味に欠けるというか、あくまでスクリーン上のヒーローなのだ。もちろん映画なのでそれはそれでいい。虚構のヒーローは現実の鬱積を吹き飛ばしてくれる。だがときに、違う、と感じることもあるのだ。んで、その反動なのかマカロニウエスタンの男たちはいい意味でも悪い意味でも人間味にあふれている。誰もが少なからず持っている狡猾さや残忍さなどを隠蔽することなく曝け出した。そのぶんどこか達観したような面があり、距離感をつかめないところがある。そこにクチーヨである。クチーヨはダメ男である。恋人へのプレゼントとして、眠っている男から時計を盗むような奴だ。手癖が悪いのだ。ことごとくセコいのだ。逆にそこがいいのだろう。そんなクチーヨが最後にはキメてくれる。スタンディングオベーションである。

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映画「走れ、男、走れ!」より

さらに今作はクチーヨだけじゃないよ。「復讐のガンマン」よりもサブキャラがグレードアップしているのだ。前作はやはりリー・ヴァン・クリーフとトーマス・ミリアンの二枚看板だったためか男爵以外のサブキャラが弱かった。でも今回は違う。暴走婚約者ドロレス、救世軍バニントン軍曹、おフランスの殺し屋、敵か味方か謎の元保安官キャシディなどなど。層が厚い。特にドロレスがいい。愛するクチーヨのために走る、走る、走る!走るのは男だけじゃないのだ。

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映画「走れ、男、走れ!」より

メキシコ革命を背景にしているあたりは同じ監督・主演コンビの「血斗のジャンゴ」と同じなのだが、今回のは革命色は弱い。成り行きで革命に協力することになったクチーヨは最後は命がけで革命資金となる金塊を守ろうとするわけだが、革命そのものを描くのではなく、革命の外側で生きている普通の人たちを活写している。約束を果たすために走る男、愛する人を守るために走る女、それがこのマカロニウエスタンをいつになく活き活きとさせているのだ。傑作である。

 

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映画「走れ、男、走れ!」より

それじゃあ読者諸君。毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。

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