片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【デッドマン】


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DEAD MAN

1995年。監督ジム・ジャームッシュ。主演ジョニー・デップ。音楽ニール・ヤング。

冒頭。ダイナミックな汽車のカット。車内。主人公ウィリアム・ブレイク以外の乗客の変化で時間の経過を演出しているのだが、トンネルを抜けると血生臭い感じの乗客だけになってしまうのだった。そこに機関士がやってきて「船に乗ってる気がしないか?」と暗示的なことを言う。さらに行き着く先は地獄であり墓場だと言う。機関士は「バック・トゥ・ザ・フューチャー」のパパであった。息子のおかげでステキな人生を手に入れたマクフライなのであった。

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映画「デッドマン」より

さて、何やら抽象的にイメージを散らしたオープニングである。西部劇らしくない。というか、これは西部劇なのか?と思わないでもないが、西部開拓時代を舞台にしていれば西部劇であり、とにかく美しいモノクロの西部劇なのだ。学生時代に高田馬場の早稲田松竹でヴィム・ヴェンダースの「都会のアリス」との二本立てで見た記憶がある。どちらもモノクロ映画で、ヴェンダースとジャームッシュは切っても切れない関係である。まあ、ここで語るべきことでもないので割愛するが。

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映画「デッドマン」より

で、こんな話さ。
工場の会計士に雇われたウィリアム・ブレイクは有り金はたいてマシーンという町までやってくるが、おっせえんだよ、マジでもう他を雇ったし、などと追い返される。マジか、って酔っぱらったブレイクは花売り娘の部屋まで行って痴情のもつれに巻き込まれて銃弾を浴び、さらには花売り娘の元カレ、すなわち雇ってくれなかった工場の社長の息子を撃ってしまい、殺害の報復として賞金稼ぎに追われる身となるのであった。

 

ブレイクは色々と踏んだり蹴ったりである。運命に翻弄されるように、事態は進行していく。この辺が実にジャームッシュらしいというか、「ミステリー・トレイン」のジョー・ストラマーみたいな感じで、西部劇なんだけどジャームッシュ。ジャームッシュなんだけど西部劇。という不思議な感覚になる。で、このときの痴情のもつれでウィリアム・ブレイクは死んでいる。と思う。
気づくとブレイクはネイティブ・アメリカンの男・ノーボディに介抱されていた。僕はウィリアム・ブレイクといいます、そう名乗ると、どっひゃあ!ってノーボディに驚愕されるのである。なぜかというと、イギリスの詩人ウィリアム・ブレイクと同一人物だと勘違いされたからである。ウィリアム・ブレイクは1827年に没しているので西部開拓時代のアメリカにいるわけはない。でもノーボディーと名乗るネイティブ・アメリカンは会計士ウィリアム・ブレイクが詩人ウィリアム・ブレイクだと信じて疑わない。おそらく、詩人ウィリアム・ブレイクのさまよえる魂、というふうに思い込んだのと思う。そこでノーボディーは敬愛する詩人ウィリアム・ブレイクを本来の正しい場所、魂の故郷へと導こうとするのであった。

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映画「デッドマン」より

その後、ドン引きする死のエピソードが散りばめられる。ウィリアム・ブレイクは道中で死を撒き散らしていく。どこへ向かっているのか不明だが、冴えない会計士ウィリアム・ブレイクはノーボディーの導きによって、ゆっくりとデッドマンになっていく。

顔に隈取りを施された翌朝、ノーボディーは消えていて、独りになったウィリアム・ブレイクは詩人であり白人殺しのウィリアム・ブレイクになっているのであった。表情が冴えない会計士ではなくなっていて、ためらうことなく保安官を射殺する。このときのニール・ヤングの音楽がとてつもなく素晴らしい。

死んでいる子鹿に寄り添うシーンも美しい。というか美しさだらけの映画なのだが、特にこのシーンはいい。いや、いいとか悪いではなく、美しいのである。この映画ではやたらとウィリアム・ブレイクが横たわっているシーンが多いが、どれも美しい。野営でノーボディとボーイズトーク中のブレイク、カヌーのブレイク、どれも美しい。

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映画「デッドマン」より

さんざんご託を並べてから言うのもなんだが、この映画は理屈ではない。考えて見る映画ではないだろう。象徴的な台詞や演出には様々な解釈が可能だ。映像の美しさ、ウィリアム・ブレイクとノーボディーの掛け合いによるリズムに心を委ねるべきだ。即興のニール・ヤングの音楽に魂を委ねるべきだ。「詩」に心を委ねるように、「死」に心を委ねるのだ。そしてただ、死ぬとはどういうことか、などと考えてみたりする。

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映画「デッドマン」より
それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。
哀しいだけじゃない。では失敬。