片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【暁のガンマン】


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E Per Tetto Un Cielo Di Stelle

1968年。監督ジュリオ・ペトローニ。主演ジュリアーノ・ジェンマ。音楽エンニオ・モリコーネ。

ジェンマである。日本劇場未公開である。かつてのテレビ放送では「さすらいの用心棒」というタイトルになっていたそうだ。前に紹介した「新・さすらいの用心棒」とは何の関係もない。原題は「屋根にかかる空いっぱいの星」と訳すらしい。えらくロマンティックなタイトルじゃないか。マカロニウエスタンなのに!

冒頭10分で傑作を確信してしまうのであった。レオーネもどきみたいな悪人どアップではじまるのだが、走る駅馬車を崖の上から見下ろすその悪人たちのショットが妙にカッコいいのである。よくある画だが、カッコいいのである。

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映画「暁のガンマン」より


悪人たちが駅馬車を襲撃した後、ひとりの男が現れて被害者たちの亡骸を埋葬する。それをまた、ひとりの男が無言で手伝うのである。埋葬を終えると、とくに言葉をかわすでもなく立ち去るふたりの男。モリコーネの口笛のメロディーが流れている。この冒頭だけで満足です、といいたくなるくらいに秀逸なのだ。ここだけでも見る価値あります。

で、こんな話さ。
偶然に出会ったティムとハリー。騙すティムと騙されるハリーの二人だが結局はバディを組んでの珍道中となる。ハリーは父から受け継いだ牧場の再建を目指していて、ティムも手伝うことを決心するが、彼は危険で怪しい連中に追われているのだった。


ハリーが阿呆である。人が良すぎるのである。何度もティムに騙されるのである。騙されるたんびに、チッキショー、となるのである。このあたりは「新・さすらいの用心棒」に似ている。やんややんややりながらのバディものだ。でもジェンマのテキトーぶりはこっちのほうが勝っている気がする。小劇団投入でハリーから騙し取った金を見世物小屋の人魚の水槽代に使ってしまうのには笑ってしまった。美人すぎる未亡人に言い寄ったり、偽臨時電信局でセコい詐欺をはたらくなど、いつになくジェンマのテキトーさが炸裂しているのだ。

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映画「暁のガンマン」より

とある理由でティムを追い回すサミュエル親子もいい感じだ。とくに息子のロジャーの悪人ぶりがたまらない。やることは容赦なく恐ろしいのだが、どこか間抜けなのである。しかもティムを追い回す理由が至極正当で、まあそりゃ怒るよね、ティムが悪いよね、という理由なのだ。

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映画「暁のガンマン」より

もちろんジェンマのテキトーぶりだけが痛快なわけではない。アクションも最高である。その最高さがいつもと違う。あれ、今日のジェンマは僕らが知ってるジェンマと違うな、と思わせてからのキレキレが純度100%で爆裂するのである。してやられた、と思うことうけあいである。

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映画「暁のガンマン」より

 

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それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない、哀しいだけじゃない。では失敬。

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