片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【荒野のストレンジャー】

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HIGH PLAINS DRIFTER

1973年。監督クリント・イーストウッド。主演クリント・イーストウッド。音楽ディー・バートン。

イーストウッドの西部劇初監督作品なのであった。初監督の西部劇でいきなりこんなものを撮ってしまうのか、というくらいに傑作というか、なんというか、独特の空気が蔓延しているウエスタンなのであった。ジョン・ウェインに出演オファーをしたらしいが、断られたらしい。作中の町の住民に開拓者としての偉大なスピリットが感じられない、という理由で。ふうん。だがこれには西部劇史における前フリがあるわけで、ハワード・ホークス監督、ジョン・ウェイン主演の「リオ・ブラボー」は「真昼の決闘」のアンチテーゼとして撮られている。ハワード・ホークスは素人に助けを乞う「真昼の決闘」の保安官が許せなかったらしい。で、「荒野のストレンジャー」は「真昼の決闘」を下敷きにしている映画なのである。そのような因縁があるわけである。

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映画「荒野のストレンジャー」より


で、こんな話さ。
湖畔の町ラーゴに現れた流れ者は、おうおうおう、などと殺されるために生まれてきたような痴呆丸出しの三人組に因縁をつけられるがあっさりブチ殺す。ブチ殺された三人組はラーゴの住民どもに雇われた用心棒のような連中で、でもあっさり流れ者にブチ殺されて、あ、ってなったラーゴの住民どもは代わりに流れ者を雇うのだった。

確かに、お前がやれよと言いたくなるヘタレ保安官である。ルックスからしてダメである↓

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映画「荒野のストレンジャー」より

それで、なんのためにガンマンを雇うのかというと、かつて町で捕らえた悪党ステイシー三兄弟が刑務所から出てきて復讐されるんとちゃうやろか、という心配が募って防衛策としてガンマンを雇ったのである。流れ者は、どんな指示にも従う、という条件で引き受けるのであった。
流れ者はあれが欲しい、これが欲しい、もっと欲しい、もっともっと欲しいと駄々をこねたり、住民に馬鹿にされてる小人の男を市長に任命したり、パーリーするからなどと急に言い出したり町の建物をすべて赤く塗りつぶせと命令したり、ホテルの他の客を追い出したりと、わけのわからないことばかりをほざくのであった。

「真昼の決闘」と赤狩りから見えてくる景色↓

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映画「荒野のストレンジャー」より


どんな指示にも従うと約束したはずの住民どもがあえなく耐えきれなくなり流れ者を殺そうとするが、察知した流れ者は泊まっていたホテルを爆破して町を去ってしまうのである。流れ者がいなくなったところでステイシー三兄弟が現れ、当然のように好き勝手に振る舞われ、ラーゴの住民どもは右往左往するのであった。

↓社会的弱者には優しい流れ者であった。

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映画「荒野のストレンジャー」より

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映画「荒野のストレンジャー」より

流れ者の正体が誰なのかはここで語るよりも実際に見て判断してもらうほうがいい。とにかく不思議なウエスタンである。イーストウッドが撮るウエスタンは珍奇なのが多いが、最初のこいつが一番珍奇である。スーパーナチュラルにルサンチマンが大爆発するウエスタンなのだ。とはいえやはりイーストウッドはカッコいいし、単なる一風変わったウエスタンというわけではない。理不尽な暴力に巻き込まれた男の復讐劇、という点では前回の「奴らを高く吊るせ!」と同列である。たがそこにぶち込んだのは社会的なテーマではなく、オカルトテイストであった。そのオカルト要素のおかげで、ラーゴの住民たちの残念な感じがより浮き彫りになっている。なのでアメリカの神話として美化されがちなフロンティア物語の欺瞞性を暴露し、崩壊させてしまったわけである。結局のところアメリカという国の繁栄の影に何があったのか?なんてことを考えてしまう、やはり普遍的なテーマをもった西部劇なのであった。

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映画「荒野のストレンジャー」より

それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。