片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【ガンヒルの決斗】


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LAST TRAIN FROM GUN HILL

1959年。監督ジョン・スタージェス。主演カーク・ダグラス。音楽ディミトリ・ティオムキン。

ジョン・スタージェス監督の決斗三部作第三弾である。第一弾の「O.K.牧場の決斗」では熱い男の友情が描かれたが、今回は命の恩人である親友と決斗せねばならぬ男の苦悶が描かれている。

で、こんな話さ。
先住民の妻を殺された保安官モーガン。残された犯人のサドルに覚えのあるモーガンは、抗議のため持ち主がいるガンヒルへと汽車で向かう。

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映画「ガンヒルの決斗」より

妻を殺された保安官モーガンにカート・ダグラスである。「O.K.牧場の決斗」では死にかけのギャンブラーであるドク・ホリデイ、今回はアメリカの理想のパパ的な保安官である。町の子供たちに武勇伝をせがまれて披露するような保安官である。つまりは平和な町なのだ。平和な町で起きた陰惨な事件の被害者がモーガンの妻であったというわけだ。事件の証拠品とも言えるサドル、このサドルを見てモーガンは、あっ、ぼくこれ知ってる、と思ったのである。親友であるベルデンのサドルだったのだ。

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映画「ガンヒルの決斗」より

真相は、パパの馬を借りて遊びに行っていたベルデンのドラ息子リックによる犯行であった。ここから、クソガキであるリックを裁きたいモーガンと、クソガキでも息子は息子のリックを守りたいベルデンが対峙することになる。かつての親友に銃を向けなければならない二人の男である。

日本人の感覚からすると、息子とはいえリックは完全に犯罪者ですから黙ってモーガンに引き渡しなさいよベルデンさん、と思ってしまうが欧米人というかキリスト教文化の国ではベルデンの気持ちもわかるわ、ということなのだろうか。妻のため息子のためにどちらも退けない。さらに、お約束どおりにガンヒルの町はベルデンさんの威光が強く、町のヘタレどもは誰もモーガンに協力してくれないのである。ガンヒルの保安官ですら、いや、ちょっと、などと立ち上がることを拒否するのだ。そんな四面楚歌状態のモーガンに手を差し伸べるのがリンダである。リンダはベルデンさんのカノジョさんで、でも最近いろいろあってサ、ということでモーガンに協力してくれるのだ。

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映画「ガンヒルの決斗」より


後半戦は「3時10分、決断の時」である。モーガンはリックを拉致して帰りの汽車がくるまでホテルに立て籠もるのだ。ホテルはベルデン一味に取り囲まれている状況だ。それにしても馬鹿息子のリックがひどい。西部の若者は基本的にパープーが多いが、モーガンでなくとも撃ち殺したくなる。というか西部劇の若者の描き方は極端なところがあって、オヤジを輝かせるために若者を貶める傾向が強い。でもまあ、いつの時代も若いのはこんなものだろうという、ある種の普遍性を感じないでもない。実に偏見に満ちた思考だが。

最後は当然のことに二人の決闘だが、なんか、ぐちゃっとした感は否めない。ここまでの静かなる闘いはなんだったのだ、と言いたくもなるがやはり決闘シーンはしびれるのだった。

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映画「ガンヒルの決斗」より
 

それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。

 

同監督の決斗3部作の第1弾である。

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