片手にドーナツ、心に花束

西部劇、マカロニウエスタン、ときどきアメコミ。

【ジェシー・ジェームズの暗殺】


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The Assassination of Jesse James by the Coward Robert Ford

2007年。監督アンドリュー・ドミニク。主演ブラッド・ピット。音楽ニック・ケイヴ。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

ブラッド・ピットの西部劇である。彼が製作を熱望した映画らしい。実在のアウトローであるジェシー・ジェームズの死ぬまでの約7ヶ月を描いた、実話に基づいた映画である。

一般的な西部劇とはだいぶ趣きが異なる映画である。派手なガンアクションはなく、男前のカウボーイもでてこない。どよーん、と遅くて重い西部劇である。ジェシー・ジェームズを題材にした西部劇は他にもあるが、どれもそれぞれが個性を打ち出していて傑作が多い。とりあえず「地獄への道」「無法の王者 ジェシー・ジェームズ」「ミネソタ大強盗団」「ロングライダーズ」などが有名である。

ジェシー・ジェームズについて語る。

ウエスタン好きにとってはメジャーな存在でも、そうでない日本人には無名に等しい男である。日本で言えば鼠小僧や石川五右衛門といった感じだろうか。ようは義賊のアウトローである。

南北戦争終結後、ジェシー・ジェームズは兄のフランク、ヤンガー兄弟らとともにジェームズ=ヤンガー・ギャングを結成し、銀行強盗やら列車強盗を繰り返す。敗軍兵であるジェシー・ジェームズらは、資本の象徴であり、搾取によって巨大化していく銀行や鉄道を襲撃することで、南部では民意を勝ち取り義賊化していったようである。自衛以外では不殺であり、義理堅く、弱者に優しい、ということからも英雄扱いを受けていた。

1866年2月13日に、アメリカでジェシー・ジェイムズが世界初の銀行強盗に成功したことから、2月13日は「銀行強盗の日」となっている。

1876年、ミネソタ州ノースフィールドでの銀行襲撃の際にヤンガー兄弟が逮捕されてしまうが、ジェイムズ兄弟は逃走。偽名で潜伏生活を送っていた。しばらくしてフォード兄弟を加えて再び強盗活動を再開した。1882年、ミズーリ州がジェシーを10,000ドルの賞金首とすると、賞金欲しさに寝返ったフォード兄弟によって射殺される。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

で、こんな話さ。

原題どおり、卑怯者ロバート・フォードによるジェシー・ジェームズの暗殺、である。

 

ジェシー・ジェームズを映画にすると、やはり彼がアウトローとして華々しい活躍をしていた時期を描くのだが、この映画は違う。落ち目になり、仲間を疑心暗鬼の目で見るようになっていくジェシー・ジェームズである。犯罪行為の描写は冒頭の鉄道強盗だけで、あとは、あいつ俺のことどう思っとんやろ?みたいなことをぬらぬらと思考しながら逃亡する日々を静かに描いている。

なので遅くて重い。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

子供の頃からジェシーに憧れていたロバートは念願が叶ってジェシーの仲間になることができたわけだが、そこからはストーカーのように憧れの男前につきまとう。ファッションを真似したり、風呂を覗いたり、枕の匂いをかいでみたり、ジェシーのカルトQに出演したら優勝できそうなくらいジェシーのことを知っている、などなど、なかなかの変態である。冒頭で、野営中にジェシーたちが仲間とワイワイやってるところにぐいぐい入っていくも完全スルーされるときのケイシー・アフレックの演技は見物である。とにかくジェシーに認められたい、お役に立ちたい、という想いが強すぎるロバート。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

ロバートはロバートで変態だが、ジェシーもジェシーで、あれ?って感じになっていくのである。生きる伝説だったジェシー・ジェームズ、ヒーローだったジェシー・ジェームズとの距離が短くなるにつれて、ジェシーの残念な実像を容赦なく見せつけられていくロバート・フォードなのだ。戯れが過ぎるジェシー、急にキレるジェシー、すんげえ目つきのジェシー、キャハハなんて笑い出すジェシー、どこを見てるのかわからないジェシー、いきなり泣き出すジェシー、あれがこれになりながら、情緒不安定のジェシーなのだ。この浮き沈みの激しいジェシーを演じるブラッド・ピットが素晴らしい。第64回ヴェネツィア国際映画祭男優賞受賞である。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

そんなジェシーに接するロバートは様々な感情が重なり合っていく。あんなに好きだったのに、なんか残念な感じで逆に憎いわあ、とか、このカリスマを射殺すればぼくを馬鹿にしてきた連中を見返すことができるのではないか、とか、賞金1万ドルが欲しい、とか、有名になりたい、とか、トカトントン、とか。痛いというかヤバいというか、ジェシーに認められた俺は偉い、みたいな言動に傾倒していくロバートを見事に演じきったケイシー・アフレックはブラッド・ピットに負けてなかった。見ていて、うわ、彼きついなあ、という描写が多々ある。関係ないけど彼の主演作「マンチェスター・バイ・ザ・シー」はとにかく傑作なのでオススメである。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

義賊として犯罪行為を繰り返すジェシーではなく、仲間の裏切りにビビり、だめになっていくジェシーを、美しい風景とともにドキュメンタリーのように追い回していく西部劇である。ただただ疑心暗鬼とか嫉妬とか憎悪などの重苦しい心理描写がつづき、派手なアクションはほとんどないので苦手な人は単に退屈で長い映画なだけかもしれない。でも傑作である。役者が大根だと無残なことになっていただろうが、後半からラストに向けての演技合戦は鳥肌ものだ。
失望からの憎悪なのか、功名心なのか、エディプスコンプレックスのような精神構造なのか、複雑なロバートの心理状態を読み解くことはできそうもない。むしろこちら側の、つまりは見る者の心的状態によってゆらゆらと変化してしまうように感じた。英雄であったジェシー・ジェームズの晒された現実を目の当たりにしてどう感じるのか、ということである。それによって見方が変わってくる映画なのだ。
輝いているジェシーの描写を割愛しているため、大前提としてジェシー・ジェームズの知識がないと余計に理解が困難で退屈な映画になってしまう。日本人が見るには敷居が高いのである。そのためロバートの、ジェシーに対する複雑な心理が理解不能になってしまう。おそらくはアメリカ人と日本人ではこの映画に対して相当な温度差があるように思える。
ジェシー暗殺後のフォード兄弟の悲惨な末路をエピローグとして描いている。伝説・逸話のみのジェシーしか知らない、ジェシーの実像を知らない作中のアメリカ国民(もしくは当時の現実のアメリカ国民)から、ロバートは原題どおりに卑怯者・裏切り者呼ばわりされる。死んだジェシーは死んでもやはり英雄である。ここがこの映画の巧みなところである。当時のほとんどのアメリカ国民にとってはジェシー・ジェームズは虚構の存在である。映画を見た我々もジェシーを虚構の中に見る。だが我々は狂気に沈んでいくジェシーを知っている。映画を見た我々は、ジェシーに対して当時のアメリカ国民とは異なる見方を強いられているのだ。当然のことにロバートに向けられる視線も同様である。
あれだけ疑心暗鬼になっていたジェシーが、どうしてロバートの前で丸腰になり、背中を向けたのか?果たしてロバートは卑怯者で裏切り者だったのだろうか?ロバートとジェシーの関係性は一体どのようなものだったのか?などなど、遅くて重い余韻がなかなか消えていかないのであった。

蛇足だが、製作にリドリー・スコットがいる。これは見逃してはいけない。

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映画「ジェシー・ジェームズの暗殺」より

それじゃあ読者諸君、毎日は愉しいだけじゃない。哀しいだけじゃない。では失敬。